夫婦別姓よりも夫婦新姓!
こんにちは。
今年の梅雨は、本当によく雨が降りますねぇ。
洗濯物は乾かないし、二歳男児のエネルギーは発散できないし、
母もイライラしがちです。
今日は育児とは全然関係ない、考え事。
先ほど、ぼーっとTwitterを見ていたら、
目に入ったツイートが。
結婚したので名字が変わった。30年以上慣れ親しんだ名字だったから出来れば変えたくなかったけれど、日本では夫婦別姓は認められていない。男側の名字にする人は九割以上だ。
— Saori(SEKAINOOWARI) (@saori_skow) July 15, 2019
仕方なくパスポートの名前を変更したら「名義変更の手数料は6千円です」と言われた。違和感。。
結婚して7年目にもなると、新しい苗字にもすっかり慣れたし、
いろんな違和感にも馴染んでしまったけれど、
結婚当初はいろいろ考えていたなぁと思い出しました。
私は結婚するにあたって退職したので、
苗字が変わることの不便さは特にありませんでした。
銀行やクレジットカードをはじめとした手続き上の手間、
このツイートのような金銭的負担に、
わずらわしさと少しのストレスを感じていました。
でも、何よりも私が怒ったり、疑問に思ったりしていたことは、
この制度のせいで、
いまだに、
新しい姓側の家に入る、
新しい姓側の人間になる、という価値観が根強くあることでした。
入籍なんて言いますが、夫の家の籍に入れてもらうわけではないのです。
私と夫で、完全に新しい戸籍を作るわけなんですよね。
なのに、苗字を夫側に揃えることで、
なんだか、私だけが育った家の戸籍を抜けて、
夫の育った家の戸籍に入ったみたいになってしまうんです。
夫の中には、無自覚にこの感覚があるように思いました。
祖母などははっきりと言葉で
「もう○○さんちの子だから」みたいに言うこともありました。
それがねーもう本当に嫌で。
「二人で新しい家を作るんだよ」と夫に説明するも、
「じゃあ、もう実家とは縁を切って生きていきたいってことなんだね!」
なんて誤解されて喧嘩になったりもしました。
「ちがう、両家を平等に考えたいし、
両家のちょうど真ん中に我が家があるイメージだよ」
などと訴えましたが、
一体どのくらい伝わっていたのでしょうか…。
結婚したら、新しい苗字にする仕組みだったら、
古来からの価値観を覆せるはずなのにー!とずっと思っていました。
手間は夫婦両方かかるけど、平等でしょ?
それで、全く新しい苗字っていうのも、
さきほどの、育った家と決別するみたいで寂しいから、
それぞれの苗字を組み合わせた苗字を創作するのがいいな!と。
たとえば、大野さんと中島さんが結婚したら、
大島さんとか中野さんにするみたいに。
みんなが選挙のために、夫婦別姓について真剣に議論している中で、
夢物語みたいな、というより冗談みたいな話をしてすみません。
でも、言葉や名前はけっこう価値観を支配していると思うので、
入籍という言葉を使うのを辞めたり、
苗字について考えたりするのは大事かなぁと思います。
特に男の人は、何も考える機会がなく、
無自覚的に夫側の実家を優先すべきだと考えていたり、
「妻」のことを「嫁」って呼んだりしますからね。
たとえば夫側の苗字になるとしても、
「あなたの家の人間になるんじゃないよ、二人の新しい家を作るんだよ」
と、一度立ち止まらせると良いですかね。
あ、でも、「うわっ、理屈っぽい女だ!」と思われちゃうかもしれないけど。
私のように。